PR

Kubernetesにおけるセキュリティベストプラクティス:Pod Security StandardsとAdmission Controllers

はじめに:Kubernetesクラスターを「堅牢な要塞」にする

Kubernetesは、コンテナ化されたアプリケーションのデプロイと管理を自動化する強力なプラットフォームですが、その複雑さと動的な性質ゆえに、セキュリティは常に最優先で考慮すべき課題です。設定ミス、脆弱なイメージ、不適切なアクセス制御などは、クラスター全体を危険にさらす可能性があります。

  • 「Kubernetesクラスターのセキュリティ、何から手をつければいい?」
  • 「Podのセキュリティをどうやって担保するの?」
  • 「セキュリティポリシーを自動で強制するには?」

これらの疑問は、Kubernetesを運用する多くのエンジニアが抱えるものです。悪意のあるアクターは、新しいクラスターがデプロイされるとすぐに攻撃を試みるため、デフォルト設定を超えた堅牢なセキュリティ対策が不可欠です。

本記事では、Kubernetesクラスターのセキュリティを強化するためのPod Security Standards (PSS)の概念と、Admission Controllers(特にPod Security AdmissionとOPA Gatekeeper)を活用したセキュリティポリシーの強制方法を徹底解説します。さらに、RBACの適切な設定、ネットワークポリシー、シークレット管理、イメージスキャンといった実践的なセキュリティベストプラクティスを網羅し、あなたがKubernetesクラスターを「堅牢な要塞」にできるようサポートします。読み終える頃には、あなたはKubernetesセキュリティの専門家として、進化する脅威からアプリケーションとインフラストラクチャを保護できるようになっていることでしょう。

Kubernetesセキュリティの基本:多層防御の原則

Kubernetesのセキュリティは、単一の対策に依存するのではなく、複数のレイヤーで防御を構築する「多層防御」の原則に基づいています。

Kubernetesのセキュリティモデル

Kubernetesは、以下の主要なセキュリティメカニズムを提供しています。

  • 認証 (Authentication): 誰がAPIサーバーにアクセスしようとしているのかを検証します(例: クライアント証明書、トークン、パスワード)。
  • 認可 (Authorization): 認証されたユーザーやサービスアカウントが、どのリソースに対してどのような操作(作成、読み取り、更新、削除など)を許可されているかを決定します。RBAC (Role-Based Access Control)が主要なメカニズムです。
  • Admission Control: APIサーバーへのリクエストが永続化される前に、そのリクエストをインターセプトし、検証または変更を行うメカニズムです。セキュリティポリシーの強制に利用されます。
  • Pod Security: Podのセキュリティコンテキストを定義し、Podが実行できる操作やアクセスできるリソースを制限します。

OWASP Kubernetes Top 10

OWASP (Open Web Application Security Project) は、Kubernetes固有の最も重要なセキュリティリスクをまとめた「OWASP Kubernetes Top 10」を公開しています。これには、不適切なワークロード設定、サプライチェーンの脆弱性、過剰なRBAC権限などが含まれており、セキュリティ対策の優先順位付けに役立ちます。

Pod Security Standards (PSS):Podのセキュリティプロファイル

Pod Security Standards (PSS)は、Podのセキュリティコンテキストを定義するための、Kubernetesが提供する事前定義されたポリシーのセットです。これにより、Podがホストシステムにアクセスできる権限や、使用できるLinuxの機能などを制限できます。

PSSには、以下の3つのプロファイルがあります。

  1. Privileged (特権):
    • 制限なし。Kubernetesが提供するセキュリティメカニズムをほとんど適用せず、特権コンテナやホストへの広範なアクセスを許可します。
    • ユースケース: クラスターコンポーネントや、ホストへの深いアクセスが必要なワークロード(例: CNIプラグイン、ストレージプロバイダ)に限定して使用すべきです。
  2. Baseline (ベースライン):
    • 既知の特権エスカレーションを防ぐための最小限の制限を適用します。一般的なアプリケーションワークロードに適しており、使いやすさとセキュリティのバランスが取れています。
    • 許可される操作: runAsNonRootの強制、capabilitiesの制限、hostPathボリュームの使用禁止など。
  3. Restricted (制限付き):
    • 最新のPod強化ベストプラクティスを強制する、最も制限の厳しいプロファイルです。特権的な操作を禁止し、セキュリティを最大限に高めます。
    • ユースケース: 機密性の高いアプリケーションや、高セキュリティが求められる本番環境に推奨されます。

PSSの適用方法:Pod Security Admission (PSA)

Kubernetes 1.23からベータ、1.25からGAになったPod Security Admission (PSA)コントローラーは、PSSをKubernetesクラスターに適用するための組み込みのAdmission Controllerです。PSAは、NamespaceレベルでPSSプロファイルを強制します。

PSAには、以下の3つのモードがあります。

  • enforce: ポリシーに違反するPodの作成や更新を拒否します。最も厳格なモードです。
  • audit: ポリシーに違反するPodの作成や更新を許可しますが、監査ログに違反を記録します。ポリシーのテストや影響分析に利用されます。
  • warn: ポリシーに違反するPodの作成や更新を許可しますが、ユーザーに警告を表示します。開発段階でのフィードバックに利用されます。

Namespaceにラベルを付与することで、PSSプロファイルを適用できます。

apiVersion: v1
kind: Namespace
metadata:
  name: my-secure-namespace
  labels:
    pod-security.kubernetes.io/enforce: restricted # Restrictedプロファイルを強制
    pod-security.kubernetes.io/audit: restricted   # Restrictedプロファイルで監査
    pod-security.kubernetes.io/warn: restricted   # Restrictedプロファイルで警告

Admission Controllers:セキュリティポリシーの強制

Admission Controllersは、Kubernetes APIサーバーへのリクエストがetcdに永続化される前に、そのリクエストをインターセプトし、検証または変更を行うメカニズムです。これにより、クラスターのセキュリティポリシーを自動的に強制できます。

Pod Security Admission (PSA)

前述の通り、PSAはPSSを強制するための組み込みのAdmission Controllerです。これは、Kubernetesのバージョンアップとともに自動的に利用可能になり、Pod Security Policy (PSP) の後継として推奨されています。

OPA Gatekeeper:汎用的なポリシーエンジン

Open Policy Agent (OPA)をベースとしたGatekeeperは、Kubernetesクラスターにカスタムセキュリティポリシーを適用するための汎用的なAdmission Controllerです。Regoという宣言的なポリシー言語を使用して、非常に柔軟なポリシーを記述できます。

  • 特徴:
    • カスタムポリシー: PSSではカバーできない、より複雑なセキュリティポリシー(例: 特定のラベルがないPodのデプロイを禁止、特定のイメージレジストリからのイメージのみを許可)を実装できます。
    • ポリシー・アズ・コード: Regoでポリシーをコードとして管理できるため、バージョン管理、テスト、CI/CDパイプラインへの統合が容易です。
    • 監査機能: クラスター内の既存のリソースがポリシーに違反していないかを定期的に監査し、レポートします。
  • ユースケース:
    • コンテナイメージのソース制限。
    • リソースリクエスト/リミットの強制。
    • 特定のポートの公開禁止。
    • RBACの過剰な権限付与の防止。

実践!Kubernetesセキュリティベストプラクティス

1. RBAC (Role-Based Access Control) の適切な設定

  • 最小権限の原則: ユーザー、ServiceAccount、Podには、そのタスクを実行するために必要な最小限の権限のみを付与します。ワイルドカード(*)の使用は極力避けるべきです。
  • Namespaceレベルでの権限付与: RoleBindingを使用して、特定のNamespace内でのみ有効な権限を付与します。ClusterRoleBindingはクラスター全体に影響するため、慎重に使用します。
  • ServiceAccountの活用: アプリケーションには専用のServiceAccountを割り当て、そのServiceAccountに権限を付与します。デフォルトのServiceAccountを使用しないようにします。
  • 定期的な監査: RBACの設定を定期的にレビューし、不要な権限や古い権限を削除します。

2. ネットワークポリシー (Network Policies)

Kubernetes Network Policiesは、Pod間の通信を制御し、マイクロセグメンテーションを実現するための重要なツールです。デフォルトでは、全てのPodが相互に通信できますが、ネットワークポリシーを適用することで、必要な通信のみを許可し、攻撃対象領域を減らすことができます。

  • Ingress/Egressルール: Podへのインバウンド(Ingress)およびアウトバウンド(Egress)トラフィックを制御します。
  • デフォルト拒否: まず全ての通信を拒否し、必要な通信のみを明示的に許可する「デフォルト拒否」の原則を適用することを推奨します。

3. シークレット管理

データベースのパスワード、APIキー、証明書などの機密情報は、安全に管理する必要があります。

  • Kubernetes Secretの利用: KubernetesのSecretリソースを使用して機密情報を保存します。ただし、SecretはデフォルトではBase64エンコードされているだけで暗号化されていないため、etcdの暗号化を有効にするか、外部のシークレット管理ツールと連携することを推奨します。
  • 外部シークレット管理ツールとの連携: HashiCorp Vault, AWS Secrets Manager, Azure Key Vault, Google Secret Managerなどの外部ツールを利用し、より高度なセキュリティ機能(自動ローテーション、監査、集中管理)を活用します。External Secrets OperatorやSecrets Store CSI DriverなどのツールでKubernetesと連携できます。

4. コンテナイメージのセキュリティ

  • 信頼できるイメージソース: 公式イメージや、信頼できるプライベートレジストリ(例: ECR, GCR, ACR)からのみイメージを使用します。
  • 脆弱性スキャン: CI/CDパイプラインにイメージスキャンツール(Trivy, Clairなど)を組み込み、ビルド時およびデプロイ前にイメージの脆弱性を自動的にチェックします。重大な脆弱性が見つかった場合は、デプロイをブロックする「セキュリティゲート」を設定します。
  • 最小限のベースイメージ: Alpine Linuxなどの軽量なベースイメージを使用し、不要なソフトウェアやライブラリを含めないことで、攻撃対象領域を減らします。
  • 非rootユーザーでの実行: コンテナ内のプロセスを非rootユーザーで実行することで、コンテナが侵害された際の影響を最小限に抑えます。

5. ランタイムセキュリティ

実行中のコンテナをリアルタイムで監視し、異常な振る舞いを検知・防御します。

  • Seccomp, AppArmor, SELinux: Linuxカーネルのセキュリティ機能を利用して、コンテナが実行できるシステムコールやアクセスできるリソースを制限します。
  • ランタイムセキュリティツール: Falco, Sysdigなどのツールを導入し、コンテナの異常な活動(例: シェルの起動、機密ファイルへのアクセス)をリアルタイムで検知し、アラートを送信します。

6. 監査ログとモニタリング

  • Kubernetes監査ログ: APIサーバーの監査ログを有効にし、クラスターに対する全てのリクエストを記録します。これにより、不審な活動やセキュリティインシデントの調査が可能になります。
  • セキュリティイベントのリアルタイム検知: ログやメトリクスを集中管理システム(Splunk, Datadogなど)に集約し、セキュリティ関連のイベントに対してアラートを設定します。

まとめ:Kubernetesセキュリティは「継続的な旅」

Kubernetesクラスターのセキュリティは、一度設定すれば終わりというものではなく、継続的な警戒と適応を必要とする「旅」のようなものです。進化する脅威の状況に対応するためには、常に最新のベストプラクティスを取り入れ、セキュリティ対策を改善し続ける必要があります。

本記事で解説したPod Security Standards、Admission Controllers、RBAC、ネットワークポリシー、シークレット管理、イメージスキャンといった多層的なセキュリティ対策を実践することで、あなたは以下のメリットを享受できるでしょう。

  • 攻撃対象領域の最小化: 不要な権限やアクセスを制限し、潜在的な脆弱性を減らす。
  • コンプライアンスの遵守: 業界標準や規制要件に準拠したセキュリティ体制を構築。
  • インシデント対応能力の向上: 異常検知と監査ログにより、セキュリティインシデントを迅速に特定し、対応。
  • 信頼性の高い運用: 堅牢なセキュリティ基盤の上で、アプリケーションを安全に実行。

Kubernetesセキュリティの知識と実践は、あなたのエンジニアとしての市場価値を飛躍的に高め、クラウドネイティブ開発の最前線で活躍するための強力な武器となるでしょう。ぜひ、あなたのプロジェクトでこれらの戦略を実践し、Kubernetesクラスターを「堅牢な要塞」にしてください。


コメント

タイトルとURLをコピーしました