はじめに:AIは「書く」から「実行する」へ
AIがコードを提案し、記述する。これは、もはや当たり前の光景となりました。しかし、その次の波はすでに来ています。それは、AIが単なるアシスタントではなく、自律的にタスクを計画し、ツールを使いこなし、目的を達成する『エージェント』へと進化する未来です。
「コードを保存したら、自動でテストとフォーマットを実行してほしい」
「毎朝9時に、リポジトリの最新の脆弱性をスキャンしてSlackにレポートしてほしい」
このような、かつてはCI/CDパイプラインやカスタムスクリプトを組んで実現していた定型業務を、IDE内で簡単に定義し、AIに実行させることができるとしたらどうでしょうか。
AWS Kiroは、まさにそのAIエージェントを開発し、実行するためのプラットフォームとしての側面を持っています。この記事では、Kiroの最も先進的な機能である「インテリジェントフック」と、その先にある「カスタムエージェント」開発の世界への扉を開きます。
関連記事: KiroとAWSエコシステムの連携については、まずはこちらの記事で全体像を掴むことをお勧めします。
– AWS Kiroによる開発ワークフロー革命:CodeCatalyst, Bedrockとの連携で実現するフルサイクル開発
Kiroにおける「AIエージェント」の2つの形
Kiroでは、主に2つのレベルでAIエージェントの概念を実装できます。
-
インテリジェントフック (Intelligent Hooks)
これは、Kiroに組み込まれた、手軽に利用できるエージェント機能です。ファイルを保存した時
Gitでコミットする前
といった特定のイベント(トリガー)をきっかけに、あらかじめ定義されたアクション(例: コマンド実行)を自動的に実行します。日常的な定型作業の自動化に最適です。 -
カスタムエージェント (Custom Agents)
こちらは、Amazon Bedrock Agentsと連携する、より本格的なエージェント開発です。外部のAPI(ツール)や、社内ドキュメントなどのナレッジベースをAIに与えることで、より複雑で多段階のタスクを自律的に計画・実行させることができます。「脆弱性レポートの作成」や「顧客からの問い合わせへの一次回答」といった、高度な業務自動化が視野に入ります。
実践ハンズオン:インテリジェントフックで「保存時自動フォーマット」を作る
まずは、最もシンプルで強力なインテリジェントフックを体験してみましょう。ここでは、「Pythonファイル(.py
)を保存した瞬間に、自動でblack
フォーマッターを適用する」フックを作成します。
Step 1: プロジェクト内に設定ファイルを作成する
プロジェクトのルートディレクトリに、.kiro
というフォルダを作成し、その中にhooks.json
というファイルを作成します。
.kiro/
└── hooks.json
Step 2: hooks.json
を編集する
hooks.json
に、フックの定義を記述します。JSON形式で、「いつ(on)」「何を(run)」実行するかを定義します。
{
"hooks": [
{
"name": "Format Python on Save",
"on": "file:save",
"filter": "*.py",
"run": [
{
"command": "black ${file}",
"description": "Run black formatter on the saved Python file."
}
]
}
]
}
この定義の解説:
name
: フックの分かりやすい名前です。on
: イベントトリガーを指定します。file:save
はファイル保存時を意味します。filter
: アクションを実行する対象ファイルを、globパターンで指定します。ここでは*.py
(すべてのPythonファイル)です。run
: 実行するアクションを配列で定義します。command
: 実行するシェルコマンドです。${file}
という変数が利用でき、これには保存されたファイルのパスが自動的に入ります。
Step 3: 動作確認
設定はこれだけです。あとは、プロジェクト内の任意のPythonファイルを開き、少し編集して保存(Ctrl+S
または Cmd+S
)してみてください。保存した瞬間に、コードがblack
の規約に従って自動的にフォーマットされるはずです。
このように、数行のJSONを書くだけで、あなたのKiroは「Pythonファイルを自動で綺麗にしてくれる賢いアシスタント」へと進化したのです。
カスタムエージェントへの道:Bedrock for Agentsとの連携
インテリジェントフックが「決められた作業の自動化」であるのに対し、その先には、AI自身が「何をすべきか考える」カスタムエージェントの世界が広がっています。
これは、Amazon Bedrock Agentsとの連携によって実現されます。Bedrock Agentsでは、以下のような設定が可能です。
- ツールの定義: AIエージェントが利用できるツール(外部APIやLambda関数)を定義します。
- ナレッジベースの接続: RAG技術を使い、社内ドキュメントなどをAIの知識源として接続します。
- 指示(Instruction): エージェントに「あなたは何をする存在なのか」という役割と行動指針を与えます。
これらの設定に基づき、ユーザーからの曖昧な指示(例: 「最新の売上レポートを作成して」)に対して、AIエージェントは「①データベースAPIを叩いてデータを取得 → ②データ分析ツールで集計 → ③整形してSlackに投稿」といったタスクプランを自律的に立てて実行できるようになります。
Kiroは、これらの高度なカスタムエージェントを開発し、テストし、そして実行するための最適なフロントエンドとして機能することが期待されています。
まとめ:AIを「育て」、仕事を「任せる」未来へ
AWS Kiroは、私たちがAIを単に「使う」だけの時代から、AIを自らの手で「育て」、定型業務を「任せる」時代への扉を開くツールです。
今回紹介したインテリジェントフックは、その壮大な未来への、小さくとも確実な第一歩です。まずは、あなたの日常業務の中に潜む「ちょっと面倒な定型作業」を見つけ、それを自動化するフックを作成してみてはいかがでしょうか。
あなただけの「賢いアシスタント」を育てることで、開発の生産性は、きっと無限に向上していくはずです。
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