はじめに:サーバーレスは本当に「安い」のか?
サーバーレスアーキテクチャは、インフラ管理の負担を軽減し、従量課金モデルによってコスト効率が良いとされています。しかし、実際に運用してみると「思ったより費用がかさんでいる」「どこを最適化すればいいか分からない」といった課題に直面することも少なくありません。
LambdaやAPI Gatewayの基本的な最適化だけでは不十分です。真のコスト最適化を実現するためには、サーバーレスエコシステム全体を俯瞰し、各サービスの特性を深く理解した上で、FinOpsの視点を取り入れた戦略的な設計と運用が不可欠です。
本記事では、サーバーレスバックエンドのコストを劇的に削減するための「真の」最適化戦略を、AWSの主要サービス(EventBridge, DynamoDB, Step Functions)の活用事例を交えながら徹底解説します。あなたのクラウド費用を「見える化」し、「最適化」し、「自動化」する実践的なノウハウを習得しましょう。
1. サーバーレスコストの基本とFinOpsの視点
サーバーレスのコストは、主に「実行回数」「実行時間」「メモリ使用量」によって決まります。アイドル状態のリソース費用はかからないものの、これらの要素が積み重なると高額になる可能性があります。
FinOpsは、財務、エンジニアリング、ビジネスの各チームが連携し、クラウドの価値を最大化するための文化とプラクティスです。サーバーレスにおいては、以下のFinOps原則が特に重要です。
- 可視化: どの関数が、どれくらいの頻度で、どれくらいの時間実行され、いくらかかっているのかを正確に把握する。
- 最適化: 把握したデータに基づき、リソースの適正化やコードの効率化を行う。
- 自動化: コスト最適化のプロセスを自動化し、継続的に改善する。
2. EventBridgeを活用したコスト最適化戦略
Amazon EventBridgeは、イベント駆動型アーキテクチャのハブとなるサービスですが、その利用方法次第でコストを大きく削減できます。
戦略1:イベントフィルタリングの徹底
- 課題: EventBridgeは、イベントバスに流れる全てのイベントに対して課金されます。不要なイベントをターゲットにルーティングすると、Lambdaの実行回数など、下流のサービスコストも増加します。
- 最適化: EventBridgeルールで厳密なイベントパターンを設定し、必要なイベントのみをターゲットにルーティングします。コンテンツベースのフィルタリングを最大限に活用し、Lambda関数側でのフィルタリング処理を減らします。
json
{
"source": ["aws.s3"],
"detail-type": ["AWS API Call via CloudTrail"],
"detail": {
"eventSource": ["s3.amazonaws.com"],
"eventName": ["PutObject"],
"requestParameters": {
"bucketName": ["your-specific-bucket"]
}
}
}
この例では、特定のS3バケットへのPutObject
イベントのみをフィルタリングします。
戦略2:EventBridge Schedulerによるリソースの自動停止・起動
- 課題: 開発環境のEC2インスタンスやRDSデータベースなど、夜間や週末に利用しないリソースが稼働し続けると、無駄なコストが発生します。
- 最適化: EventBridge Schedulerを使って、これらのリソースの自動停止・起動をスケジュールします。Schedulerの無料枠は非常に大きく、コスト効率に優れています。
- 例: 平日の営業時間外や週末に開発用EC2インスタンスを停止し、朝に自動起動するスケジュールを設定。
戦略3:クロスアカウント・クロスリージョン通信の最小化
- 課題: EventBridgeを介したクロスアカウントやクロスリージョンでのイベント配信には追加料金が発生します。
- 最適化: 可能な限り、イベントバスを同一アカウント・同一リージョン内に集約するアーキテクチャを検討します。どうしても必要な場合は、そのコストを許容できるか評価します。
3. DynamoDBを活用したコスト最適化戦略
Amazon DynamoDBは、サーバーレスアプリケーションの主要なデータベースですが、その課金モデルを理解し、適切に利用することでコストを最適化できます。
戦略1:オンデマンド vs プロビジョンドキャパシティの使い分け
- オンデマンドモード:
- 特徴: 実際の読み書き量に応じて課金されます。キャパシティプランニング不要で、トラフィックの予測が難しい新規サービスや、急激なスパイクが発生するワークロードに最適です。
- 最適化: 料金は高めですが、利用量が少ない場合はプロビジョンドより安くなることがあります。まずはオンデマンドで始め、トラフィックパターンが安定してからプロビジョンドへの移行を検討します。
- プロビジョンドモード:
- 特徴: 事前に読み書きキャパシティユニット(RCU/WCU)を予約し、その量に対して課金されます。トラフィックが予測可能で安定しているワークロードに最適です。
- 最適化: Auto Scalingを有効にし、利用状況に応じて自動でキャパシティを調整します。また、安定した高負荷ワークロードには、1年または3年のリザーブドキャパシティを購入することで、大幅な割引が適用されます。
戦略2:テーブルクラスの最適化
- Standard-Infrequent Access (Standard-IA): アクセス頻度の低いデータ(ログ、アーカイブなど)には、Standard-IAテーブルクラスを利用します。ストレージコストは低いですが、読み書きコストは高くなるため、アクセスパターンを考慮して選択します。
戦略3:TTL (Time-to-Live) の活用
- 課題: 不要になったデータがDynamoDBに残り続けると、ストレージコストが増加します。
- 最適化: TTL機能を有効にすることで、指定した期間が経過したアイテムを自動的に削除できます。セッション情報や一時的なログなど、有効期限のあるデータに最適です。TTL自体に費用はかかりません。
戦略4:インデックスの最適化
- 課題: グローバルセカンダリインデックス(GSI)は、テーブルとは別に読み書きキャパシティとストレージに課金されます。不要なGSIはコスト増の要因です。
- 最適化: 必要なGSIのみを作成し、不要なものは削除します。また、GSIに含める属性(プロジェクション)を最小限にすることで、ストレージと書き込みコストを削減します。
4. Step Functionsを活用したコスト効率の良いワークフロー
AWS Step Functionsは、分散アプリケーションのワークフローをオーケストレーションするサービスですが、その課金モデル(ステート遷移数)を理解することで、コストを最適化できます。
戦略1:ワークフロータイプの適切な選択
- Standard Workflows: 長時間実行され、実行履歴の保持や厳密な「Exactly-once」処理が必要なワークフローに適しています。ステート遷移ごとに課金されます。
- Express Workflows: 短時間で大量に実行される、高スループットなワークフローに適しています。Standardよりも安価ですが、最大実行時間が5分で、実行履歴の保持期間が短く、「At-least-once」処理となります。
- 最適化: ほとんどのユースケースではExpress Workflowsの方がコスト効率が良いです。複雑なワークフローの一部にExpress Workflowsをネストするなど、両者を組み合わせることも検討します。
戦略2:ステート遷移数の最小化
- 課題: ステート遷移数が多いほどコストが増加します。
- 最適化:
- Lambda関数の統合: 複数の小さな処理を一つのLambda関数にまとめることで、ステート遷移数を減らします。
- Parallel/Mapステートの活用: 並列処理やマップ処理を活用し、複数のアイテムを一度に処理することで、個別のステート遷移を減らします。
- EventBridgeとの連携: Step Functionsの開始トリガーとしてEventBridgeを利用したり、Step Functionsの処理結果をEventBridgeに発行して後続処理を繋げたりすることで、Step Functions内部のステート遷移を削減できる場合があります。
まとめ:サーバーレスFinOpsで、クラウドを「賢く」使い倒す
サーバーレスアーキテクチャにおけるコスト最適化は、単なる技術的な調整に留まらず、FinOpsという文化的な変革を伴います。AIツールやクラウドネイティブな最適化機能を活用することで、あなたは以下のことを実現できます。
- コストの透明性: どこにどれだけの費用がかかっているかを正確に把握する。
- リソースの効率化: 無駄なリソースを排除し、必要なリソースを適正化する。
- 運用の自動化: コスト最適化のプロセスを自動化し、継続的に改善する。
Lambda/API Gatewayの最適化はもちろんのこと、EventBridge, DynamoDB, Step Functionsといった主要サービスをFinOpsの視点から深く理解し、活用することで、あなたのサーバーレスバックエンドは「真に」コスト効率の良い、スケーラブルなシステムへと進化します。
本記事を参考に、サーバーレスFinOpsの実践者として、クラウドを賢く使い倒し、ビジネスの成長に貢献してください。
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