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【FinOps for SaaS】AWS Cost ExplorerとCUR活用術:テナント別コストを計算し、利益率を最大化する

はじめに:あなたのSaaS、本当に儲かっていますか?- ユニットエコノミクスの罠

あなたのSaaSビジネスは順調に成長し、MRR(月次経常収益)は右肩上がり。しかし、その裏側で、あなたはこんな疑問を抱えていませんか?

「全体のクラウド費用はわかるが、テナントA社は本当に黒字なんだろうか?
「Freeプランのユーザーが、実は最もインフラコストを消費しているのではないか?」

これは、マルチテナントSaaSを運用する多くの企業が直面する「ユニットエコノミクスの罠」です。共有リソースのコストがブラックボックス化し、テナントごとの正確な採算性が不明なままビジネスを進めることは、気づかぬうちに収益性を蝕む、非常に危険な状態です。

この課題を解決するのが、FinOpsという文化・プラクティスです。FinOpsは、コストを単なる「技術チームが削減すべき経費」ではなく、「ビジネス価値を生み出すための投資」と捉え、データに基づいてそのROIを最大化することを目指します。

この記事では、AWSのコスト管理ツールとSaaS特有の設計パターンを組み合わせ、テナントごとのコストを正確に計算し、利益率を最大化するための具体的なFinOps戦略を徹底解説します。

最大の壁:共有リソース(プールモデル)のコストをどう按分するか?

SaaSのテナント分離モデルには、テナントごとに専用リソースを割り当てる「サイロモデル」と、全テナントでリソースを共有する「プールモデル」があります。

  • サイロモデル: コスト計算は簡単です。そのテナントのリソースに付与されたタグを見れば一目瞭然です。
  • プールモデル: コスト効率は高いですが、共有のDynamoDBテーブルやLambda関数、Kubernetesクラスタのコストを「どのテナントがどれだけ使ったか」で按分するのが非常に困難です。

この課題を解決する唯一の方法は、テナントごとの「利用量」を正確に測定し、それに基づいて共有コストを按分することです。

ステップ1:コスト配分タグの徹底 – 基本の「き」

まず、FinOpsの基本として、作成可能なすべてのAWSリソースに一貫した命名規則でタグを付与します。特に、サイロ化されたリソースにはtenant-idタグが必須です。

  1. タグ付けポリシーの策定: tenant-id, tier (プラン階層), project といった、ビジネス上意味のあるキーでタグ付けルールを標準化します。
  2. コスト配分タグの有効化: AWS Billingコンソールの「コスト配分タグ」で、これらのタグキーを有効化します。これにより、Cost Explorerでタグをキーとしたコスト分析が可能になります。

このステップで、サイロ化されたリソースのコストはテナントごとに明確になります。問題はここからです。

ステップ2:アプリケーションメトリクスによる共有コストの按分計算

共有リソースのコストを按分するため、アプリケーション側でテナントごとの「利用量」を測定します。

  1. メータリングデータの発行: アプリケーションのコード内で、APIコール数、データ処理量、アクティブユーザー数といった、ビジネス価値に直結するメトリクスを、tenantIdと共に構造化ログ(JSON)としてCloudWatch Logsに出力します。

    json
    {
    "metricType": "ApiCall",
    "tenantId": "tenant-a-12345",
    "endpoint": "/v1/invoices",
    "requests": 150
    }

  2. 利用率の算出: CloudWatch Logs InsightsやAmazon Athenaを使い、一定期間(例: 1ヶ月)のログを集計し、各テナントの「リソース消費割合」を算出します。(例: テナントAは、今月のAPIコール総数の15%を占めた)。

  3. 按分コストの計算: Cost Explorerで確認した共有リソース(例: 共有Lambda、共有DynamoDB)の総コストに、この消費割合を掛け合わせることで、テナントごとの按分コストを算出します。

ステップ3:CURとAthenaによる高度なコスト分析

最も詳細かつ正確な分析を行うには、AWS Cost and Usage Report (CUR)の活用が不可欠です。

  1. CURの設定: 1時間ごとの詳細なコストデータを、指定したS3バケットに自動で出力するように設定します。
  2. Athenaの活用: S3上のCURデータ(Parquet形式が推奨)に対して、標準SQLで直接クエリを実行します。

実践SQLクエリ例

CURのデータと、ステップ2で集計したアプリケーションメトリクス(これもS3に保存しておく)をAthena上でJOINすることで、最終的なテナントごとのコストレポートを生成できます。

-- これは概念的なクエリです
SELECT
  c.tenant_id,
  SUM(c.line_item_unblended_cost * u.usage_ratio) AS apportioned_cost
FROM
  cost_and_usage_report c
JOIN
  tenant_usage_metrics u ON c.resource_id = u.shared_resource_id
WHERE
  c.line_item_product_code = 'AWSLambda' -- 共有Lambdaのコストに限定
GROUP BY
  c.tenant_id

このクエリは、CURから共有Lambdaのコストを取得し、各テナントの利用率(usage_ratio)に応じて按分計算を行っています。

まとめ:FinOpsは、エンジニアがビジネスの成長に直接貢献するための武器である

SaaSにおけるFinOpsは、単なるコスト削減活動ではありません。それは、データに基づいて自社プロダクトの収益性を科学し、改善するための経営戦略です。

  1. 可視化: まずはコスト配分タグとアプリケーションメトリクスで、テナントごとのコストを「見える化」する。
  2. 最適化: 可視化されたデータを基に、不採算テナントへのアプローチ、価格プランの見直し、リソースの最適化といった具体的なアクションを実行する。
  3. 運用: このサイクルをCI/CDや日々の運用に組み込み、FinOps文化として組織に根付かせる。

エンジニアがコスト意識を持ち、ビジネスサイドと共通の言語(データ)で対話すること。それこそが、あなたのSaaSを真の成功へと導く、最も確実な道筋なのです。

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